【生を考える】50年前の時代劇から今の社会の課題を突きつけられる・自殺等について書いてあるので注意して読んでください
「大岡越前」で
今日見たストーリーは重かった。
病気の義母が自殺しようとしたところ、死に切れず、苦しんでいた。
そこへそれまで親身に看病をしていた嫁が外出から帰ってきて、刺さっていた刃物を抜いて死なせたという内容。
病気の義母は死に瀕しており、痛みに耐えかねて何度か自殺を図っていた。
しかし、刃物を抜けば死ぬことがわかっていながら、それをしたということで、嫁は自殺幇助の罪になる。
それをどう裁くかというストーリーで、尊厳死や安楽死が話題になっている今とまるで変わらない。
簡単には解決しない問題である。
死にたいと思う気持ちはどこまで尊重されるべきか
死にたいと思う人を死なせてしまうことは本当に良いのだろうか。
また、死ぬほど苦しい思いをしながら、生きていくことはかわいそうなことなのか。
このような問題は高度に哲学的・倫理的問題であり、簡単に決断を下して良いものではないと思う。
しかし、相模原の障がい者施設での事件のように、自分の意思を伝えられない、わからないということを外から判断して、生きている価値がないなどと考えることは間違っている。
確かに苦しんでいる人を見るのはつらい。
どこまで寄り添うべきなのか、その気持ちは本心なのか、よくよく突き詰めて考えていく必要があるだろう。
もしかしたら、人に迷惑をかけることを重荷に思っているだけなのかもしれない。
自分がなにもできなくなっていくことを不安に思っているだけなのかもしれない。
残される家族のことを思っているのかもしれない。
さまざまな想定をした上で、個別に判断されるべきことなのかもしれない。
命のやりとり
今はこの問題は難しすぎて、私には答えは出すことはできない。
しかし、一つ言えるのは殺して良い命があるとは思えないということだ。
だから、死刑制度にも反対する。
死刑制度は国家による殺人であると思う。
今日は天気のせいか気の滅入る1日だった。