未来のコンパス

教育、環境問題についての思いや学びについて綴ります。

女子マネに違和感を感じた夏

運動部につきものだが

春、子どもがラグビーを始めました。

高校は男子校。

中学校では柔道をやっていました。

男女とも一緒の練習だったようです。

そういうわけで、自分のことは自分でやっていました。

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それが当然だと思っていました。

私自身は、運動部ではありませんでした。

ですから、マネージャーという地位がどのようなものかよくわかっていません。

夏休みの練習試合の見学で

ある時、同級生の保護者と話す機会がありました。

すると、思いがけない言葉。

共学の学校を見ていて女子マネがいるのがうらやましく思うようになったらしいと。

そこではじめて、女子マネージャーに憧れている子がいることに気がつきました。

男子校だから、当たり前のことですが、女子マネはいません。

自分たちで部室の片付けも、練習の片付けも全てやっているようです。

それが当たり前。

なぜマネージャーに「女子」をつける必要があるのでしょうか。

なぜマネージャーは女子なのか

なぜ部活動ではマネージャーは「女子」なのでしょうか。

仕事の様子を見ていると主に雑務をする人をマネージャーとしているように見えます。

だとすると、部活を縁の下で支える仕事をする人は「女子」ということでしょうか。

女子にケアを押しつける文化がここで醸成されているような気がしました。

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あまり気持ちの良いものではありません。

もし縁の下の力持ちをしたいのであれば、女子に限る必要はないと思います。

「マネージャー」でよく、それは必ずしも女子でなくて、男子でもよいわけです。

そういう体育会系の文化が、ジェンダー観をゆがめているのだとしたら問題です。

自分の面倒は自分で見る

私は自分のことは自分でできる子になってくれるといいと思っています。

しかしながら、かく言う私も若い頃は、奥さんが欲しいと思っていました。

女子校でも同様のことを言う子は多かったように思います。

「ダンナはいらないけど、奥さんが欲しい。」

それは今考えるとジェンダー観の歪みです。

お母さんはケア労働をしてくれるものだという思い込み。

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奥さんは旦那さんの面倒を見るものだという思い込み。

今では、そんなことは思わなくなりました。

お母さんだって、奥さんだって、ケアするためにいるわけではありません。

わたしは女子校育ちで、力仕事でも修理でも自分でやるのが当たり前に育ちました。

しかも、三姉妹です。

それでもそのようなジェンダー観をもっていたのか、とあらためて反省しました。

やはり同性だけで暮らしているから大丈夫、という問題ではないようです。

夏に読んだ本にも

とにかく、この夏は女子マネの存在に、違和感を深く感じました。

夏に読んだ、武田砂鉄『マチズモを削り取れ』にも似た経験が書かれていました。

女子だからマネージャー、というのはおかしいのだということに確信を持ちました。

女子でも男子でも、マネージャーをやりたい人がやるのがいい。

雑用は女子の仕事、この考え方を変えたいと思います。

コンドルセから見る教育のあり方

 

コンドルセの思想

新しい世代は古い世代をのり越える権利を持っている

なんとも素晴らしい言葉だと思いませんか。

未来への明るい展望がひらけてくるようです。

この言葉はコンドルセの考え方について堀尾輝久が解説した言葉です。

コンドルセは18世紀のフランスの人です。

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フランス革命の時には、人権宣言を憲法に先んじて行うことを主張しました。

しかし、革命の中で国が教育権を握ることになり、それは取り入れられませんでした。

コンドルセの「教育」

コンドルセは人権思想家です。

人権の中に教育を受ける権利があると言われるようになったのはこの頃からです。

フランス革命により、フランス人権宣言が出されます。

その前には多くの思想家が教育について書きました。

ルソーはその著作『エミール』で「子ども」の発見をしたと言われています。

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その同時代に生きたコンドルセ

コンドルセは次のようなことを言ってます。

「新しい世代は教育によって、古い世代を超える権利がある」

たしかに子どもたちは次の新しい社会を作り上げていく人たちです。

私たちが作ってきたものを土台にし、また反面教師にし、さらに良い社会をつくる。

そのための力をつけるのが教育に求められる役割ではないでしょうか。

そう考えると、今「来るべきソサエティ5.0に向けて」などという軽々しい文句が踊っているのはいかがわしく思えてきます。

新しい社会をつくる力

新しい社会をつくるのは子どもたちであり、私たち大人世代ではないのです。

それを忘れ、子どもたちに「新しい社会に対応した」教育をという。

これは傲慢なことではないでしょうか。

私たちが子どもたちにつけさせなくてはいけない力は何でしょうか。

自分で自分のことをよく知り、やりたいことを自由にできるようにするための力です。

そして、社会をより良くするための力です。

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政治の仕組みや参加の仕方、自分の権利についても知らなくてはなりません。

それをなしにただ新しい知識を入れていくだけの教育で子どもは育つでしょうか。

それでは、どんな最新式の機器を活用しようが、どんどん古びていきます。

そこで得た技術的知識は使い物にはなりません。

必要なのは、自ら考えて行動できるだけの社会的知識と実行力です。

学校教育はそれに見合ったことをしているでしょうか。

保護者はそのようなことを考えた教育を心がけているでしょうか。

18世紀からコンドルセに問われ続けているように思われます。

 

参考文献

堀尾輝久『人権としての教育』岩波書店  

 

 

2021年夏の家庭菜園

 

豊作!

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毎日のように収穫。

ミニトマトとキュウリ。

自然はうまくできているものです。

暑さがひどいこの時期にできる食べ物は体を内側から冷やしてくれます。

今年の工夫

丈が高くなるものはネットにはわせることにしました。

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ミニトマトのような一見固そうな茎でも、まだ柔らかいうちなら曲がります。

曲げられる時に、グイーッと曲げて横に伸ばします。

実のなりもいいです。

たくさん実をつけ、実の大きさもだんだん大きくなってきました。

はじめはちょっと大きめのビー玉くらいのミニトマト

だんだんと大ぶりになって大きめのスーパーボールくらいになってきました。

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はじめの収穫が上の写真。

一番上の新しい実の大きさと比べてみるとミニトマトは倍くらいになっています。

今後

今後もまだまだ実がなっているので、いつまでできるか楽しみです。

またしばらくしたら、様子をお知らせしたいと思います。

 

世界が変わった瞬間

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

人が一人増えること

赤ちゃんが産まれた瞬間、世界がぐるりと回った気がした。

あっ、世界が変わった、そう思いました。

世界に一人、人が増える。

それはそれは大変な変化でした。

お腹の中にいた子どもが、曲がりなりにも一つの個体として生まれ出てくる。

これはやはり大きな出来事かもしれません。

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でも、そういう事実より、感覚として、地球がぐるりと回転したように感じたのです。

お腹にいた時

赤ちゃんがおなかにいた時、はじめはピンときませんでした。

おなかの中で動くようになってからも、なんだか蛇のようなものがぐりぐりと動いているようにしか感じられませんでした。

だんだん大きくなるにつれて、生きているんだなぁ、ということがわかり始めました。

臨月

臨月になると、かかとの形がお腹に見える時もありました。

そしてはじめてのお産の緊張からか、怖い夢も見ました。

ひきだしの暗い穴から、魔女がおなかの中の赤ちゃんを連れていこうとしていました。

わたしは「連れていかないで」と叫んで泣きながら目が覚めました。

しばらくして、陣痛のようなものが来ました。

一度入院しましたが、お産に至らず、一度退院。

その三日くらい後、いよいよ陣痛。

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なかなか進まず。

はじめての経験だらけ。

あれよあれよという間に、さまざまな処置がなされ、産まれてきてくれました。

世界が変わる

赤ちゃんが産まれてからは生活が一変しました。

お産の時に感じたのとは違う意味で、世界が変わりました。

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今はこの変わった世界がわたしの世界です。

 

宇宙が見えたとき

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

泳げないわたし

高校生だったわたしはまだ泳げず、夏休みのプールで、プカリと浮かんでおりました。

自由時間だったと思います。

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ぼんやりと空を眺めながら、何も考えずに空を見ておりました。

だんだんと心は空に向かっていき、心の中はますます空っぽになりました。

宇宙

その時、ふっと目の前が暗くなりました。

何もかも忘れて浮かんでいたわたしの目の前にあったのは、真っ暗な空間。

それと星々でした。

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漆黒というよりは濃紺に近かったでしょうか。

全く時間の感覚がなくなりました。

何も聞こえなくなりました。

そこにあったのはその空間だけでした。

刹那のできごと

驚いて気がつけば、まわりには同級生たちが思い思いに楽しんでおり、普段通りのプール。

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わたしがどこかへ行っていたことも、何かおかしなことが起きたことも、微塵も感じません。

時間にすればほんの数秒だったのかもしれません。

見えたのは空ではなく、宇宙でした。

宇宙になる

心が空っぽになればまた見られるかもしれない。

そう思って、何度か瞑想したり、プールに浮かんでみたりしました。

けれど、同じことは起こりませんでした。

一生に一度の宇宙との一体感だったのかもしれません。

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でも、あの感覚は忘れがたく、これからもあの瞬間を味わおうと瞑想を続けています。

 

教わっておくべきこと

今週のお題「寿司」

 

母のレパートリー

お客さんが来ると必ず作ってくれた五目チラシ。

上には錦糸卵、海苔、でんぶ。

混ぜ込むのは、干し椎茸、油揚げ、タケノコ、にんじん、を甘辛く煮たもの。

おかわり必須で、たくさん作っていました。

しかも、冷めてもおいしいので、次の日も残りを楽しめました。

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このメニューは私の大好きなメニュー。

作り方は手伝いながら覚えました。

お酢に入れる塩の分量や砂糖の分量は忘れてしまいました。

隠し味にゆず酢を入れ琉のは高知風。

作らないけど秘伝のメニュー

結婚してから数回作りましたが、最近では作っていません。

今までは子どもが混ぜご飯系が好きではなかったので、作りませんでした。

でも作り方はだいたい覚えています。

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大きくなって、子どももだいぶいろいろ食べるようになりました。

子どもが帰省してきた時に作ってみようかな。

手伝いながら覚えること

自分の好きなメニューは、手伝いながら覚えておくことがおすすめです。

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自分もできあがりが楽しみだし、一人になったときにも作れるし。

「あとで」と思っていると、そのタイミングを逃してしまいます。

教えてくれる人がいなくなってしまうことになると悲しいですよね。

その人がいるうちにどんどん手伝って覚えておきましょう!

蜜蝋ラップの使用感

 

使ってみて分かったこと

他のものと擦れると、ロウがくっついてしまうことがあります。

特にプラスチックにはつきやすそうです。

一緒に入れていたはし箱が、蝋でガザガザになっていました。

水洗いでさっと取れましたが、これを繰り返すと、ラップの方が傷みそうです。

それ以外は困ったことは少しもありません。

包んでみた後の感じ

海苔で巻いたおにぎりを包みました。

心配した海苔やご飯がくっついてしまうようなこともありませんでした。

気になっていた匂いや味も、全くなんともなく普通に使えるようです。

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使用後、ちょっとついた海苔の汚れはさっと水洗いして、すぐに落ちました。

そのあと、布巾で拭いて、自然乾燥。

手入れは至って簡単です。

それでまた使えます。

耐久力はこれから

どこまでもつか、毎日のお弁当に使ってみたいと思います。

毎日おにぎりを包み続けて、いつまでもつか試したいと思います。

ダメになったときにはまたご報告したいと思います。