安心をくれたのは母だった
母は特別養護老人ホームに入っている
もう何年もお世話になっているのだが
旅先で突然、母の心拍数が低下していると
直接世話をしてくれている妹から
連絡を受けた
今のところ体調の悪さを訴えたり
生活に変化があるわけではないのだが
なるべく早くペースメーカーをつけるかどうか
判断してほしいと言われたとのことだった
母は以前から延命処置はしないでほしいと
話していたから私たち子どもとしても
ペースメーカーはつけない方向でいくことに
なるだろうとは思ったが
いざ決めるとなると
やはりスパッとわりきれるものじゃない
私自身よりも直接世話をしてくれている
妹の方がダメージは大きいだろうから
妹の意見を尊重したいと思った
結局、認知症がかなり進み
普段会話もままならない母ではあるが
一応本人に話をしたいということを
いつも世話してくれている妹が決め
手はずも整えてくれた
そして何気ない普段の面会から始め
いよいよペースメーカーの手術の話を
施設の看護師さん交えてし始めた
どうやら昨日施設の担当医と母は
話したらしいのだが全く記憶がない
それは想定内だったから驚かない
驚いたのは母で、ええ?って顔をした
「心臓が弱っているんだよ」
「手術して機械をつけるか」
「このまま様子を見るか」
「どうする?」
「手術すると痛いかもしれないけど
長く生きるかもしれない」
「手術しないと今まで通りだけど弱ってるよ」
などとメリット、デメリットを
やんわりと伝えると
しばらく悩んでいるのか
わからなかったのか
じっとしたり手をさすったりのびをしたり
なんともいえない表情をしていた
しかししばらく下を向いて
そして勢いをつけてこう言った
「やめたいな」
それできまりだった
念をおそうとしたけど考えてみたら
自分の生き死にのことで
思いっきり返事したのだ
それは酷だからやめた
「わかったよ」
じゃあ、そうしようということで
延命のためのペースメーカーは
しないことにきめた
決めたら涙があとからあとから出て
止まらなくなってしまった
私と妹は自分たちでは決められなかった
認知症になってなんだかふわふわとしている
雲の中にいるかのような母
一瞬だけもとの母が戻って
きめてくれたのだった
帰り際に手を伸ばしてきて
アクリル板越しに指先にタッチした
温かかった
コロナが始まってからはノータッチなのだ
ハグなんてできるはずもなく
なんとなく物足りなさを感じていたのが
やはりふれあえないことの寂しさなんだと
ひしひしと押し寄せてきた
帰る時には母はもういつも通り認知症で
私たちのこともよくわからずに手を振った
でも元気に手を振って別れた
じゃあね、バイバイ!